nantekkotai's blog

おもに技術とお仕事に関連することを書いています。

今後書きたいこと

技術系ブログと銘打ってますが、そっちの方はあまり書かないかも。
具体的な技術的なものはgistやQiitaに書いてたりしますが。

今はサービスやアプリをどう作るかということに関心がある。
といっても言語とかフレームワークではなくて、正しい製品をどう定義するか、という話です。
正しい製品を定義し、作り出すという点で、プロダクトマネジメント
正しい問題解決と使い勝手という点で、インタラクションデザイン。
どうやってユーザーを獲得していくかという点で、マーケティングとグロースハック。

こういったところでしょうか。
またすぐ飽きるかもしれませんが、これからグダグダと思うことを書いてまとめて逝きたい。
意識低めな感じで続けていく予定。

広告を非表示にする

タイムライン(フィード)型表示するサービスの問題点

Twitterもそうだし、FacebookGoogle+もそうだけど、コンテンツを時間軸に沿って並べるタイムライン(フィードとも云う)型の表示形式に不満がある。
発言者が偏ると、特定の人によって画面が占められてしまうのだ。

これの解決策は、仕組み上用意されていないことが多い。
まずTwitterは用意されていない。なので「うざかったらリムーブしてください」みたいな文化として対応することになる。Tweetbotにはミュート機能があったりするけど、これも公式に用意してある機能ではない。

Facebookはよくわからないアルゴリズムによってフィードがコントロールされているけど、これもFacebookが重要と判断した人が重点的に並ぶようになって、結局同じ人ばっかりじゃないか、ということになる。

Google+に至っては、そもそもフォローしている人が少なくて(みんなやってない!)、特定の人が語りまくってタイムラインが占拠される事態になっている。しかもその上AKBまで出てくるし、何なんだ一体。

不満ばかりですが、解決策があると思うんですよ。

例えば、

  • 時間軸にコンテンツを並べる→コンテンツを人単位でまとめる

とやれば特定の人がたくさん書き込んでも、画面内で占められる面積は1コンテンツ分+αくらいになるでしょう。
こういうビューを選べるようにしてもらうだけで、結構変わると思うんですけどね。勝手にアプリを作れって話かもしれませんが。

はてなブログに移行しました

最近まったく更新されていなかったはてなダイアリーをこちらのブログにインポートしました。
というわけで技術系ブログもこれ一本に整理されたということで。

それにしても久しぶりにはてなブログを開いてみたらMarkdownに対応してました。
画面切り替えも非同期であまりストレスもない。
結構良くなっていると思います。

こちらのブログを技術系ブログにする予定

はてなブログを久しぶりに触ったら、機能も充実し始めていることなので、そろそろはてなダイアリーからの移行を見越してこちらで技術に関することを書いていこうと思います。
最近まったく書いてなかったし。

それからアドセンスは一旦外しました。テーマの変更の際に面倒だったので。リンクテキスト型に変えておけば良かったかもしれないけど、当面は広告は要らないなと。

Apple DeveloperはiOSとMacのふたつに分かれている

初めて知った。
https://developer.apple.com/jp/programs/

iOSの方はジャイルブレイクしない限り、必ずAppStoreを経由しないから必須。
でもMacアプリはAppStore以外からも配布することが出来る。
とりあえず作って動かすだけなら、developerプログラムに登録する必要はないのね。

なので今回はiOS版のみの登録とした。

世界最古の洞窟壁画の3D映画を観て、映画の未来を考える

ヴェルナー・ヘルツォークが3D映画を撮ったと聞いて、観ない訳にはいかない。
しかも劇映画ではなく、ドキュメンタリー、それも題材が先史時代の壁画があるショーヴェ洞窟ときたものだ。

映画『世界最古の洞窟壁画 3D 忘れられた夢の記憶』公式サイト
http://www.hekiga3d.com/introduction/index.php

Wiredでも記事になっている。
世界最古の洞窟壁画を3Dで。太古の暗闇のなかで思うこと
http://wired.jp/2012/03/14/hekiga3d/

今までの3D映画はアバターに代表されるエンターテイメント路線がほとんどだったから、こうしたドキュメンタリーは新しい試みだ。それもハリウッドじゃなくて、欧州の低予算な映画である。
その状況で名匠ヴェルナー・ヘルツォークがどういう風に撮るのか、というところでとても興味があった。

ざっくりな感想を並べよう。

  • 前半は調査班と一緒に入る、ちゃんと撮るのは後半から。
  • 前半の洞窟内の動画は小型カメラで撮影しているため、すごく画面がぐらつき、酔いました。
  • 基本の撮影スタイルは今までの映画と同じ構図で撮影されている。
  • たとえばインタビューするときなども、被写界深度の調整も背景の置き方も今までの映画のやり方を踏襲している。
  • それがなんだか違和感あった。
  • 酔ったのと疲れたので、途中目を閉じてたw
    • 90分の映画なのに。
  • 3Dの威力を発揮したところは、物体の細部を写し出す場面。
  • 地面に落ちている骨や、フィックスで壁画を写し出している場面などは圧巻。
  • 最後の10〜20分はちゃんとカメラを固定して、壁面を写し出すときにゆっくりと照明を当てていた。
  • あまり画面がぶれず、光の当て方もゆっくりなので、疲れずに堪能できました。
  • でもやっぱり疲れました。

90分とは思えないほどの消耗だった。
原因は何かというと、撮り方である。

3D映画はバーチャルリアリティ

率直に感じたところとしては、今までの映画の文法を壊さないといけないと思った。
今までの映画は、平面の中で、空間を感じさせる技法というものが発展してきた。
例えば、切り返しのショットや、わざと空間のパースを強調するショット。

しかし、3D映画ではこれがあだになる。
なぜなら、すでに立体的だからだ。
平面が立体的になると、驚くほど情報量が増える。
その状態で、カットの切り返しなんてやられると、えらい疲れる。

映像が空間的になると、観客は自分が見たいものに、自分の眼の焦点を合わせる。
ここで問題になるのが、被写界深度が浅い場合だ。
これも映画では立体的に見せる技法である。
見せたい人物にフォーカスし、背景をぼかすことで、対象を浮き上がらせるわけだがこれが逆効果になる。
3Dなのに、焦点を合わせる対象を自分で選べないことにストレスを感じた。
おそらく3Dに置ける基本はパンフォーカスになるのだ。
あとは観客が見たいところを、勝手に選ぶ。
監督は、観客に観る対象を押し付けることができなくなる。

これは何に似ているのか。
それは演劇である。
映画は再び「劇場」に返るのだ。

芸術映画の監督こそ3Dに挑戦すべき

今回の作品を見て思ったのは、3Dがとてもアート向きの仕掛けだと思った。
最後の方の壁画のシーンは神聖さというものを感じた。
観客に強烈な体験を与えられるのだ。疲れるけど。

1シーン1ショットの監督がもっと活躍するだろう。
テオ・アンゲロプロスに3Dカメラを持たせたいと思ったくらいだ(残念なことに最近亡くなられた)。
オペラ出身や演劇出身の監督を起用することも十分に考えられる。

逆にハリウッドは3Dで泥沼に陥るだろう。
なぜなら、ハリウッドお得意のカットバックだらけの映画では3Dの良さを引き出せないからだ。
おもちゃ箱をひっくり返したような映像を作って、単なる流行りものだったね、という評価で終わってしまう。

3Dの表現力はあらゆる場面で使える

映画だけではなく、研修ビデオとかでもかなり役に立つはずだ。
立体的に見えるだけで、その感覚というものが伝わってくる。
技能の継承が問題になっているが、そういった人たちの作業をとりあえず3Dで撮影して保全しておくだけでも貴重な資産になる。

個人的には、幻想的な舞、かがり火の中の能舞台を映したいと思った。

3Dには未来がある。
ただ、それを活かす方法を見つけられていないだけだ。