nantekkotai achieves

過去記事置き場

雪、戒厳令、2.26事件、パトレイバー2

雪の降る日は死に近くなるのだろうか。

2.26事件当日、東京には雪が降り積もっていた。
まるで忠臣蔵みたいだな、と思っていたけれど史実の忠臣蔵では、雪は降っていなかったらしい。
忠臣蔵におけるあの印象的な雪のシーンは、演出として降らせていたのである。
それを考えると、青年将校たちは、なんとも劇的なタイミングでクーデターを起こしたものだ。

日本には、雪が降ると死が身近になるような物語が多い。
心中物にも多くの雪のシーンがあったと思う。
たしかに、夜の雪景色ほど命の儚さを際立たせる風景は思い浮かばない。

雪と死の物語に触れ続けてきたことが、青年将校たちに決起の火を与えたのではないか。
彼らは心の中で忠臣蔵を、忠臣による悪の征伐という構図を、思い描いていたのではないか。

2.26事件は劇的であった。
物語の中で紡ぎ続けてきた雪の日の決起が、フィクションの壁を超えて現実に侵食した瞬間であった。
それは演劇的でありながら、演劇以上に壮大に実行された。
こうして2.26事件という雪降る日の軍事クーデターはその情景とともに歴史に刻まれ、新しいコンテクストが生み出されたのだ。

首都に雪が降り、そこに軍隊が居ればいい。
そうすれば即席の2.26事件が出来上がる。

このコンテクストを巧みに、というか大胆に取り入れた映画がある。
押井守監督作品の『機動警察パトレイバー2 the Movie』である。

この作品で東京は戒厳令下に置かれ、都内各所に陸自の戦闘車両が配備される。
決定的な事件が、東京が雪に覆われた2月26日に発生し、日本は大混乱に陥れられる。
この筋書きは完全に2.26事件が下敷きになっているが、作品の中にはそれを明確に示唆するのはほんの数秒の1カットだけだ。
時計が深夜0時を周り、日付が2月26日から2月27日になる1カット。
2月26日が過ぎ去るその瞬間に初めて、このクーデター騒ぎが2月26日に行われたことを観客は知る。
しかし、勘の良い人なら途中経過でわかる。
戒厳令、制服の軍人、国会議事堂、そして雪。

この作品は傑作だと思う。
これほど大胆に2.26事件を下敷きにした作品は、他の邦画には見当たらない。
日本人なら観るべき映画と断言できる。

しかし、これを外国の人に見せても面白さの半分くらいしかわからないだろう。
何しろ話の運び自体は地味だし、戦闘も殆どない。
この作品には多くの、日本に埋め込まれたコンテクストが散りばめられている。
2.26事件もそうだが、雪の夜の船の上で邂逅する南雲と柘植なんてまるで心中物のくだりのようだ。

そもそも2.26事件自体が忠臣蔵のコンテクストを引き継いでいる。
そして忠臣蔵もまた、雪と死と儚さという日本の、いつからあるのかわからない文脈が盛り込まれている。
こうして日本の精神に染みこんでいった暗黙の文脈を芋づるのようにそっくりぶちぬいて、結局柘植って押井のことじゃねえの、というそんな話の展開を見せるわけで、本当にいい腕した監督だと思う。

私が初めてパトレイバー2を観たのはかれこれ10年近く前になるけど、その頃よりも知識が増えたということと、何よりも中国との戦争が非現実的なものとはとても言い切れない状況になっているこの現代において、緊迫感というかそういうものが以前とは全然違う、よりリアリティのある作品として受け止めることができた。
リアリティといっても東京でクーデターが起きるということではない。
柘植が起こした「戦争状態」というものにである。
押井守はこういう部分をとても丁寧に描いていたのだなあと改めて感心した。

なんてことを、先々週あたりに再見して思ったという話でした。
はいさよならー。 

EMOTION the Best 機動警察パトレイバー2 the Movie [DVD]EMOTION the Best 機動警察パトレイバー2 the Movie [DVD] [DVD]
出演:冨永みーな
出版: バンダイビジュアル
(2009-10-27)