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過去記事置き場

『現金に体を張れ』スタンリー・キューブリック

現金(ゲンナマ)に体を張れ [DVD]現金(ゲンナマ)に体を張れ [DVD] [DVD]
出演:スターリング・ヘイドン
出版:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
(2007-08-25)

ラストショットの卓越さを見よ、って感じですね。
すべてはこのために構成されている。
最後のショットこそ、キューブリック映画作家である所以でもあるし、その後の作品を発表するごとに濃くなる彼のスタイルと言えるものをハッキリと見いだすことができます。

キューブリック作品で注目するべきなのは、どこで主観ショットになり、ショット内の人物が「こちら側」を凝視するのか。ここに注目すると面白い。
本作品においては、ハッキリとこちら側を見るのは最後のショットだけだと思う。
この手のショットで有名なところでは『時計じかけのオレンジ』のファーストショットでしょう。クロースアップの主人公アレックスがカメラを、つまり観客を凝視しているショットですね。

バリー・リンドンではあまり、そういうショットの印象がないので(シャイニングはあったかな?)、『時計じかけのオレンジ』 以降は、あまり衝撃的な使い方はしていないのかも。アイズ・ワイド・シャットでも、主観ショットを使っていたので、止めたわけではないと思う。

で、ラストショットですが。
何が行われているのかは、各人勝手に観てもらうとして。 
そのショットの効果を最大限活かすために、各シーンでも気をつけてショットを積み重ねているんですね。特徴的なのは、部屋の中で全員集合して計画を話しているとき。まあ、狭いスペースでテーブルを囲んでいるわけですから、選択できるショットにも限りがあるし、そのショットが妥当だろうと思うわけですが、しかしここで選択したショットの質というものがちゃんとラストショットに繋がっているところが凡百の監督とは違うところなのでしょう。
ついでにどう撮っているかというと、人と人との間から向かい側の人を撮っているわけです。もちろん編集のリズムを単調にさせないために、肩越しのショットや、普通のアップなども合わせている訳ですが、重要なのは観客がそこのメンバーに加わっているかのように思わせる、ということです。
「そんなん、俺にだってできるわ!」って思うけど、大事なのは誤解を与えるショットを撮らないということなんです。「とりあえず画面変わればテンポ落ちないよね」などというマイケル・ベイのような理由でショットを撮らないわけです。映画のスタイルから外れるくらいなら、正直に退屈なショットを撮るのがキューブリックという監督です。編集のキレや選曲のセンスを見れば分かることですが、決して退屈な映画を作ろうとしているわけではないことは確かでしょう。けれど、もし映画の文体を崩してまでそれを防ぐかというと、それはしない。だったら退屈でも構わないや、という姿勢を感じます。その結果『アイズ・ワイド・シャット』が出来ました、って話なんですけどね。まあいいや。

この作品の話に戻りますと、基本的に観客は一番頼れる兄貴的存在のスターリング・ヘイドン演じるジョニーの肩越しに事態を推移を見守ることになります。他のメンバーはさておきジョニーだけはほとんどミスしない。仮に計画通りではなくてもタフガイぶりを発揮して、すぐに事態を収拾してしまうんですね。すげえ頼れる男。ジョニー兄貴の後ろに居れば大丈夫だろ!って思ってしまうわけですけど、そしたら運命のいたずらみたいなことがコロコロと起き始めて、あっという間にジ・エンドとなるわけです。

ジョニーの頼れる肩越しに見守っていた観客がいきなりジ・エンドのショットで主観に切り替わるわけですから、これにびっくりするわけです。とても心に刺さりますね。「ああ、終わった・・・」という感覚が半端ないです。
この作品を初めて観たのは、すでに『2001年宇宙の旅』も『時計じかけのオレンジ』も観た後だったので、ちょっとのことじゃ驚かんぞ、などと思ってましたが、最後のワンショットで僕はびっくらこいたわけです。
色んな映画を観てきたつもりだったけど、たったワンショットで衝撃を与えたうえに映画が終わるというやり方があるなんて想像もしてなかったわけですから。適当なショット並べて(お互いのアップのショットを交互に並べるとかそういう安直なやり方で)、映画なんてハッピーに終わるものだと10代後半の清らかな青年には、そういう思い込みがありましたから。
本当に優れたアイデアは(あるいは設計と言ってもいいかもしれませんが)、たった数秒のワンショットだけですべてをひっくり返せるのだと僕は知ったわけです。

重要なのはこの作品がキューブリックのハリウッドデビュー作で29歳(おそらく撮影時は28歳)で撮ったということです。凄いよね。
本物のアイデアというのは、状況も評価もひっくり返します。
イデアが不足している人間が、どれだけ平均点以上のものを作り上げても、忘れ去られるだけ。 
大事なのは、アイデアの鋭さなのだと、思わずにはいられません。