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過去書いたものの集積所。この場所が更新されることはない。

自分の言葉で語るということ

茂木健一郎波頭亮という人の対談っぽい本で『突き抜ける人材』というのを読む。

  • 自分の意見を、自分の言葉で主張するということ。
  • 誰かの意見を参考にせず、自分の感性で「あれがいい」と言えること。
  • そして批判的精神を働かせること。

プリンシプルという言葉がたびたび出てくる。
二人は日本人に欠けているものとして、このプリンシプルを挙げている。

横文字で書くと何のことやらと思うけど、原則とか信条のことだ。
http://kotobank.jp/word/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%97%E3%83%AB

プリンシプルが欠けるとどうなるかというと、ご都合主義が蔓延する。

ご都合主義を抑えるには自らの意見を述べ、議論する必要がある。
もし議論が無ければ、なあなあで物事が運び、誰かのご都合が大きく反映されてしまう事態になる。

ところが、意見を積極的に述べられる人は少ない。
なぜ意見を殺してしまうのか。

空気や批判が恐い。
間違いが恐い。
恐いことに対処するのは面倒だ。
だから無難なところの「権威ある他人様」の意見を引用する。
もしくは何も言わない。

こうすればとりあえず傷つかない。
自分の中にある自尊心を折らずに済む。

批判や空気と闘える、という自信がないのが原因だと思う。
自信をつけるには、思い込むか場数を踏むしか無い。
しかしそんな訓練を学校でやった覚えは無い。

せいぜいやったのは、ディベートの真似事くらい。
それは、どうやったら先生に正解をもらうかという、そういう空気を読みながらの、おままごとみたいなものだった。
むしろ空気を読む力を養う授業になっていたようにも思える。

意見を延べ、批判を受け、それに対して建設的に議論を進めるというスキルがないと、人はモンスターになる。
精神論と恫喝の世界である。
これこそ教育で何とかしてほしい。

少し話が変わるが、むかしサッカー日本代表監督を努めたオシムは日本人に欠けているものとして「ディシプリン」を挙げた。これは「規律」のことである。
日本人は集団行動をするが、そこには規律がある訳ではない。
周囲を伺って、つまり「空気」を読んで行動しているだけ。

ディシプリンは個人が自立した社会で力を発揮する。
独立した個人は空気を読まない。
空気ではなく規律によって、個を組織の中に組み込むのだ。

まとめ。

  • 自らの意見を述べることは自立するということである。
  • プリンシプルもディシプリンも自立から始まる。
  • 意見は自信を養うことで、促すことができる。
  • また意見を言われる側も、寛容であることが求められる。

この一冊を読んでいる最中に、こんな連想をしてしまった。
ついでにこの本の結論は茂木健一郎が私塾を開くということでした。

おつかれさまです。