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過去記事置き場

最速と最短は違う。重要なのは最速の方だ。

「最短距離でゴールを目指そう」と考えるとき、そこに含まれている意味は「最速でのゴール」だと思う。最速で目的地に着くためには最短で進むのが一番、と考えるのは合理的なように思える。 でも違う。最短は単に距離が短いだけだ。最速では距離は長くなるか…

いずれ他人が解決する問題を自分がやる必要はない

かつて私はデザイン、特にUIデザインについて人一倍強い関心を持っていたが、ある時これ以上自分がやっても特に強みを発揮できないし、何よりも、いずれ他の人間が解決する問題を自分がやる意味はないと感じるようになった。そして私は関心を失った。 僕はこ…

止めていたランニング習慣をすぐに復帰させた話

去年の年末あたりの体調不良と、寒さがランニングから私を遠ざけた。二ヶ月近くまともに走っていなかったが、最近再び走り始め、すぐに習慣として復帰できた。これは自分でも驚きだが、なぜこんなに簡単に復帰できたのかということを考え始めている。これは…

デザインとアートの違い

私の中では決着がついたので、ここに書き残す。 デザイン デザインは対象を制御下に置くために用いられる。デザインされた道具や製品には必ずコントロールするための対象が存在する。岩を動かすには梃子をデザインするし、安全に獲物を仕留めようとすれば弓…

なんのためにブログを書くのだろうか

個人メディアとか、誰かに読まれることを期待したりとか、パーソナルブランディングとか、サロンとか、脱社畜とか、そんなことはどうでもよくて、ただ自分の考えや声を、誰かが読める場所にそっと置いておきたいだけなんだと思う。 余計なことを考えず、ただ…

デザインとコンセプトの関係

デザインとはコンセプトを形にする行為である。 デザインはコンセプトが存在しなければ成立しない。 もしコンセプトが不在の場合、デザインという行為を実施することができない。 「なんとなく」「いい感じの」「XXみたいな」という要望ではデザインできない…

オンボーディングについて考える

オンボーディングは重要だ、がしかし・・・ 単に機能の流れを説明するだけでは、ユーザは価値を認識できないのではないか 価値とは発見するものであり、単に提示されただけではわからないのではないか 他の誰かが「価値がある」と言っても、それを真に受ける…

製品は機能のネットワークである

機能同士の繋がりの強弱によって提供できる価値が変わってくる 本来は繋がりがあるのに、その距離が遠い場合、ユーザはその有用性を認識できない 単一の機能だけを見れば、おそらくどの製品にも似たようなものはある。しかし、機能同士の繋がりの示し方で価…

勢いのあるうちに書く

思いついたことは思いついたタイミングで書き記さないと、その後書き出したい欲求も思考の勢いも衰えて、やがて消え去る。自分が考えていた何かしらの理屈も意見もこの世界に投げ出されることのないまま死ぬ。 そんなのでいいのか? よくない。よくないぞ。 …

UXデザインという言葉の不吉さ

UX(ユーザ体験)デザインという言葉には不穏な語感があると感じている。 体験は人の数だけ生まれる。それらが同質のものになることはない。同質であるべき、という考え方は全体主義に通じる。良い体験を生み出したいという意味はわかるが、別の捉え方もでき…

日記の功罪

Day Oneというアプリで日記を書いている。 その日の始まりか終わりに、頭に浮かんだことを書き連ねて発散している。 書いているうちに思いがけない考えが浮かんだり、あるいは以前からぼんやりとイメージしていたことが突然言語化されたりする。そういうのは…

FirefoxでWordPressエディタが重い

私は仕事用にChrome, プライベート用にFirefox Developer Editionを使っている。プライベート用のデータを誤って仕事用のアカウントで投稿しないようにするための配慮だ。あと、デザインがFirefox Developer Editionの方が好み。 Surface LaptopでFirefoxか…

捨てることも設計のプロセスである

効率的に進めなければ罪悪感が生まれる。 進めた先で、気付いたことを取り入れるために、全て作り直すなんてことは最大の無駄なように思える。それを何度も繰り返すとなると、罪の意識が大きい。自分自身を責めるようになる。自信も失われる。あるいはそんな…

面倒と感じたそのときこそが行動開始の合図

やらないといけないことは、だいたい面倒くさい。 とはいえ、どうでもいいことはそもそも面倒とは感じない。やるべきことだから、面倒と感じる。面倒と感じたのなら、祝福しよう。それは行動を始める合図なんだ。 面倒ごとが発生したら、もはやそこに選択肢…

個性と独自性について考える

個性について 個性とは抑えつけても表れてしまうもの 個性とは生まれ持っての特性 むしろ個性を如何にして抑制するか それこそが技術の本懐ではないか 本物の個性はどれだけ抑えつけても表出する 自ら装うものは個性ではない 独自性について 個性に対する独…

売り手と買い手、倫理を問われるのはどちらか

需要と供給で、どちらが倫理を問われるべきか。 少なくとも現状の政治体制においては供給側と考えている。 理由: そもそも需要側の倫理を問うことができない。 基本的人権の尊重と民主制を選択している以上、各人の趣味趣向/思想の自由は守られる。それがど…

Amazonを使うのに税金のことまで考えるべきなのか?

Amazonが日本に対してまともに税金を払っていないという話題が度々上がる。 こういうのはAmazonだけでなくて、外資であるならば可能な限り税金を払わずに済ます何かしらのハックをしていると思う。国に対して税金を払わないような企業から購入するべきじゃな…

「したい」の死体

「したい」を積み重ねても、しない。 大事なのは「した」を積み重ねること。 願望を積み重ねても実績にならない。人生は前に進まない。 恥ずかしながら私も、内々に「したいことリスト」をせっせと日々書いていましたが、ちっとも実行しないことに気付きまし…

断片的な考えを書き出すことの重要性

ブログの更新がちょっとばかし停滞してしまった。原因として「もうちょっと考えがまとまったら」という考えがある。しかし、考えがまとまることなど滅多にないのだと悟った。そんなことよりも、断片的であっても、ひとつ書き上げた時がゴールなのだ。前に進…

批評の価値について

批評はなぜ必要なのか? 一般的には、批評とは粗探しのように思われているのかもしれない。しかし、粗探しや否定的な意見を言ってスカッとしている人たちは批評をしているのではない。あれは単に粗探しをしているだけだ。それだけだ。 自分なりの答えとして…

期待に応えなくてよい

誰かの期待に応えたいという気持ちはわかるが、応えなくてよいと考えている。 他人の期待は自分で制御できないし、明確でもない。期待に応えられたかどうかなんてわからない。仮に期待が明確になっていたとしたら、それは期待ではなく要求だと思う。 他者の…

「もっと」に意味はあるか

何かが足りない、うまくいかない。 そういう時につい口走ってしまう「もっと」という言葉がある。意識が上がってしまった時に口上に登ることが多い。しかし、この言葉に具体性はないということに気が付いた。 「もっと」は量を示す言葉だ。 もっと練習をして…

仕事は永遠に終わらない

仕事というものは永遠に終わりがない。 やるべきことは無限に増える。 完成など、目論んではいけない。 締め切りというのは、ただその日に出荷可能にするだけだ。 完成したわけではない。 仕事に果てはないのだから、私たちにできることは「いつでも出荷可能…

良いは説明できるのか

なぜそれが良いものなのか、客観的に説明できるだろうか。 「それ」はなんだっていい。自分が良いと思っているものなら。 良さを説明するとき「これが本質だ」と言える言葉がすっと出てこないことが多い。最終的には「悪いところがない」という話に落ち着く…

過度な意識が人を不幸にするのではないか

あまり意識を働かせず、動物のように生きる方が幸福なのではないか。 意識は頭の中に言葉の濁流を生み出す。 「もし〜だったら」 「あれが〜ならどうしよう」 「もっと〜だったのではないか」 「本当にこんな人生で正しいのだろうか」 未来や過去についてあ…

生きた思考を掴まえるのが難しい

思考の閃きは突然にやってくる。 もしその瞬間を掴むことができれば、やすやすとテキストを書き出せるだろう。その瞬間は勢いがあるし、ちょっとの間違いも気にしない。冷静さを失っているとも言える。熱病みたいなものかもしれない。 問題はその閃きが、文…

Medium から WordPress へ移行した

日記ドメインの t.nantekkotai.com を Medium パブリケーションからこちらの WordPress に移行した。理由としてはもっと気軽に書きたかったから。 どうにもMediumに気軽な雑文をアップする気力がわかなかった。それなりの長さなら良いのかもしれないが、日頃…

投機は投資に先行する

投機は無駄で投資は有益である、というイメージがあった。 しかし、最近はこれは少し違うのではないかと思うようになった。投機と投資は別物ではなく、単なるステージの違いにすぎないのではないか。投機的行為なしに投資すべきものを見いだすのは難しいので…

一日の大半を過ぎた頃には反省すべきことがそれなりに思い浮かぶ

朝は頭がすっきりしている。何をやるにしても心配事はあまりない。しかし、時間がたち、幾つかの仕事をこなしていると、うまくいかなかったり、予想とずれたり、不手際があったりして、夜も深まるころにはそうした自分自身の至らないところと正対せざるをえ…

判断の機会を減らす

時間が生まれるたびに、何をしようか、と考えるのはその都度迷い、判断しなければいけなくなるので無駄である。迷っているうちに一番安易な方法にたどり着くことが多い。ブログを書こうか、絵の練習しようか、役に立つコードを書こうか・・・。最終的にTwitt…